人生は楽しむためにある

8月になった
ということがこの岡崎市花火大会の日を迎えてやっと実感できた。この数年、季節感というか四季が感じられなくなってしまった。冬からいきなり夏が来たというこの異常気象。生きていくのが本当に大変になってしまったなあ。

この猛暑に加え坐骨神経痛の痛みを抱えながらも、やっぱり今晩は花火を楽しむことにしよう。そう思って、ベランダ桟敷を作ってハイボールを飲みながら空を眺めた(というか5キロも離れているので、ほぼ正面だけどね)。それでもド〜ンと腹に響くような大きな花火を見ると、気持ちがワクワクしてくる。

そうだと思ってカメラと三脚を引っ張り出してきた。その中の1枚がこれ。ここから5キロも離れた所なんだけど、望遠レンズを使うとちゃんと撮れる。やっぱりカメラって面白いな。またこれから写真の趣味を再開しようかなと思った。

人生は「楽しむ」ためにある。
それがぼくの信条なのだけど、このところの坐骨神経痛で楽しむという心の余裕が全くなくなってしまっている。それほど心をむしばんでしまうのが病というものだ。「病は気から」という言葉があるのと同じく、「気は病から」ということでもあるんだよね。

坐骨神経痛というのは、良くなったり悪くなったりを繰り返す。それを右下がりで良くなっていくグラフで描くとしたら、こんな感じになる。

これが一直線でいくなら気持ちも楽になるのだが、決してそうはならない。だからこの坐骨神経痛というのは辛いのだ。それも何をどうしたら良いか、その答えはそんなに簡単には見つからないからやっかいなのだ。

Sちゃんと、Kさん
ぼくの知り合いで、きっと「人生は楽しむためある」と思って、それを心の真ん中において生きてきたと思う二人の人たちがいる。

一人は重度のリウマチを患いながらも、笑顔で前向きにいろんな活動をしていたSちゃん。やがてこの病を見事に克服し、遠く新潟上越市から岡崎まで、車椅子なしでたった一人で会いに来てくれた。奇跡だと思った!

もう一人はレベル4の癌を患いながら、いつも笑顔で前向きに生きて、ついには奇跡的に癌を克服したKさん。やがて「5年経ちました」と笑顔で握手をしに来てくれた。経過を知っているぼくはやっぱり奇跡だと思った。でも、この二人は精神的に強い人間というよりは、まったく別のところに心を置いていたんだと思う。自分もそうありたい。

「人生はやっぱり楽しむためにある」
そのためにはどんな辛い痛みがあろうとも、堪えるというよりは、そのことも生きるということなんだと受け止めて、「どんな病にあっても、ぼくは人生を楽しく生きていくのだ!」という強い覚悟を持つことなんだろうな。その意味では、やっぱり「病は気から」なんだね。

すべてのことは自分の責任だということ

いまだ完治せず

前回のブログを書いてから1ヶ月ちょっと経過した。そして坐骨神経痛が再発してから3ヶ月ほどたった。でもいっこうに痛みは完治していない。以前よりはよくなったものの痛みは残ったまま取れない。

趣味の帆船模型作りは止まったままだし、好きなギターの練習はせいぜい10分が限度。デスクに向かってアマチュア無線をやろうなんて、まったくそんな気持ちにもなれない。

さすがに会社での業務は休むことができないので、30分に一回は畳の上に寝っ転がり5分程休憩をしながら、なんとか1日をこなす。週4日にしたお陰でなんとか会社を休むことなく頑張れている。

でも家に帰ったら食事以外は殆ど横になって休んでいる。休日も殆ど出かける気にはなれず、横になって過ごす。外出はせいぜい買い物に行くくらいだ。そして1日何回かの自己施術を続ける毎日だ。

坐骨神経痛と言えば「梨状筋」が硬くなっているのが原因だ、と一般的には言われている。そしてその周りの大殿筋、中殿筋、小殿筋、大腰筋。そして梨状筋は仙腸関節の付け根につながるので仙腸関節を調節する。さらにここから肩甲骨の裏につながり、ここから肩の僧帽筋へつながり、ここを緩めるには小円筋を緩める。というような分かっている範囲のことを全てやっている。それとストレッチ。

いろんなサイトを見ても、これらが有効だと書かれているけど、そんなに簡単に治るものかと時には反感を覚えてしまう。(いかん、いかんと思いつつも)

こんなふうにただひたすらいろんな筋肉を緩めるということを欠かさず続けている。でもこれはという効果がいっこうに出てこないのだ。本当に辛い。痛みが精神的なところまで来て、こんな人生で良いのかと悲しくなってくることがある。

全ては自分の責任。解決するのは自分しかない

でも、ぼくはこう思っている。こんなふうにとても辛い痛みを耐えているのだけど、これは自分に与えられた試練だし、こんなことになったのは、誰のせいでもない、自分の習慣が引き起こしてことだ。全ては自分の責任だと受け止めて、人に頼らず自分で解決しないといけないのだと。医者が嫌いだからということではなく、10何年か前の坐骨神経痛治療の経験からそうしている。

そのためにいろいろ勉強して試してきた。
でも、今日になって、ちょっと待てよ! と思い始めた。というのは「坐骨神経」とか「梨状筋」とか言うけど、ちゃんと正確に分かっているのか? なんとなくこのへんにあるというのは知っているけど、もっと具体的に詳しく知るべきじゃないかと……。

それで手に入れたアプリが「Visible Body ヒューマン・アナトミー・アトラス」という医療従事者向け解剖学のアプリだ。これが凄い。3Dで全身の神経系、骨格系、循環器系、筋系、消化器系、泌尿器系、リンパ系、内分泌系、生殖器系を詳しく解剖学的に見ることができるアプリだ。値段は3,000円もしたけど充分にその価値はある。

それで坐骨神経とその周りの筋肉を詳しくみてみた。分かりやすいように筋肉の名前を入れてみよう。

坐骨神経はとても太い。これが梨状筋のを下を通り、上双子筋、内閉鎖筋、上双子筋、大腿方形筋の上を通り、ハムストリングの脇を通っていくのがよく分かる。拡大するとこんな感じで立体的によくわかる。

ここで初めてわかったことがある。それは「大腿方形筋(だいたいほうけいきん)」の存在だ。そんなの知らなかったしそんな解説を読んだこともなかった。さっそく調べてみると、やっぱりこの筋肉を緩めることがとても重要だということが分かってきた。

その部分が具体的にどこにあるのか、これを見れば自分で探れるようになるので、さっそく緩めてみた。お〜〜〜! これはいいぞ! さらに大腿方形筋を緩めるには、膝の下内側にあるクロスポイントを緩めるのが有効だということも知った。

ま、ここまで行くと、理学療法士の世界に入ったような気持ちになってくるが、何事も知りたくて仕方がないぼくの性格なのかもしれない。自分自身が実験台になっていろいろ試してみたい。そういう気持ちでいっぱいだ。だってそうだよね。坐骨神経痛の痛みを知っている人しか、こんなことできないよね。

というわけで、この坐骨神経痛の痛みがいつになったら完治するのはまだ見えないが、少なくとも確実に前に進んでいるのは間違いない。

さらに1週間ほど前から始めていることがある。それは気門を開くためのスクワット運動。ただ患部の治療だけでなく、根本的に筋肉そのものの力を付けることも大切だと思ったからだ。

そして、今日の夕方、希望が見えてきたことがある。
それは久しぶりに椅子に座ってギターの練習をしたのだけど、いつになく殆ど痛みを感じるないで30分ほど楽しむことができたことだ。それだけじゃない、今こうしてブログを書いている自分がいる。もう嬉しくて走り出したい気分だ!

「あじさいの里」へ行ってきたよ♪

坐骨神経痛の辛い痛みはいまだに癒えてはいないものの、外にでかけようという気力が出るくらいに回復してきた。

今日は梅雨の晴れ間、よしと思って形原温泉にある「あじさいの里」にでかけた。朝の10時過ぎには現地に着いたのだが、すでに駐車場は満車で順番待ちだった。それに今日はJRのさわやかウォーキングのコースになっているらしく、もの凄い人が集まってきた。

この「あじさいの里」には山全体に5万株120種ものあじさいが咲いているそうだ。これだけたくさんのあじさいがあるなんて、凄い凄い!

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遠くには三河湾が望める。太陽が出ていないからか、涼しい風が吹いていて、気持ちいいなあ〜〜。

1時間程かけてぐるりと一周した後は、さあこれから近くにある三ヶ根山スカイラインの頂上へ移動して、そこからのんびりモービル運用をしよう。

……そう思っていた。
ところが昨日の夕方のニュースで三ヶ根山のあじさいのことを放送していたからか、このあたり周辺はもの凄い渋滞だった。

あかん、のんびりモービル運用なんてできそうもないなとあきらめて帰ることにした。来週行けたらいいな。あの辛かった坐骨神経痛の痛みが少しずつ癒えてきて、こんなふうに前向きになれている自分が嬉しい。

「あじさいの里」のことはこのYouTubeがわかりやすいので、お時間のある方はごゆっくりどうぞ。

あじさいの花粉言葉は「移り気」? いやいや、その他いろんな花言葉があるんだよ。

自発的治癒とはなにか

坐骨神経痛が再発してしまった
特にこの2週間ほどは痛みがひどくて、好きなギターを弾くことはできないし、帆船模型作りなどはまったくやる気にもならない。とにかく辛い。人は痛みに対してこれほど弱いものかとあらためて思い知った。それほど辛い毎日が続いていた。

でも、今はこうしてブログを書けるようにまでなった。何があったのか、その経緯を書いてみようと思う。

始まりは今から1ヶ月半前の4月末、仕事中にギックリ腰になってしまったことからだった。1週間ほどでギックリ腰は治ったんだけど、これがきっかけで坐骨神経痛の再発につながってしまった。これはよくあることらしい。

かと言って治療院に行くほどではなかった。なのでネットで紹介されれいる坐骨神経痛を治すためのストレッチを始めた。いくつかのプログラムを朝晩2セットずつやっていた。ところが3週間くらい続けてきたけど、ぜんぜん良くならない。というより、むしろ痛みが増してきてしまった。これは一体どういうことなんだろうと思った。

重傷だった坐骨神経痛経験
ぼくの最初の坐骨神経痛経験は今から12年前のことだった。当時は今より重傷で仕事中も座っていられないほどで、1時間仕事をすると痛みに耐えられなくなり、横に置いた簡易ベットでしばらく休んで仕事をしなければならないほどだった。もちろん普段の生活もままならないし、休みはほぼ寝てすごす生活だった。

たまらず市民病院に行って治療を受けた。レントゲンなどで調べても異常がないので、湿布薬と痛み止めの薬をもらって「しばらく様子をみましょう」と言われた。何度も通ったが、もちろんそんなことで治るはずもない。

そして次は針灸院に行った。昭和時代を思わせる古い機器がある部屋でいろんなことを試されたが、まったく効果はなかった。それなら坐骨神経痛に効果がある漢方薬を調合しましょうと言われ、高価な煎じ薬を2ヶ月ほど服用した。結局何も変わらなかった。

次に、近くの接骨院に通った。やることと言えばお尻の部分を暖めたり、低周波治療器でマッサージし、治療師のマッサージとなる。それも痛みのあるお尻の部分をマッサージするだけのことしかなく、やっぱり何も変わらなかった。もう一生この辛い痛みと付き合っていかなければならないのかと思うと、たまらない気持ちだった。

アキュスコープ!?
ある人がぼくのブログを読んで「アキュスコープ」という治療器のことを教えてくれた。それを置いている隣町の接骨院に行くことにした。もうワラをもつかむ気持ちだった。アキュスコープというのはその器械が自ら悪い所を探し出して、電気的な治療をするという特別なものだった。最初はピリピリ痛むがそれは治療している証拠だと言われた。よし!期待感でいっぱいになった。

毎日続けていくと、その治療器の痛みがなくなってきたのだが、症状はいっこうに変わらなかった。でももうここに全てを任せることにしようと思ったので、とにかく諦めずに通うことにした。1ヶ月たったのだけど、大きな変化が見られなかったので、思い切ってに先生に尋ねた。「ぼくの痛みはほんとに治りますか?」と……。

すると笑顔で「必ず治しますよ」と力強い言葉を返してくれた。その言葉を信じて毎日、とにかく毎日毎日会社の仕事を2時間休んで通い続けた。それに今と違って一回の治療費は数百円のことだった(今は1回6,000円らしい)。

アキュスコープを使う治療は1ヶ月半くらいまでだっただろうか。それ以降は他の治療院と同じ温熱療法や低周波治療器でのマッサージだ。ただし違ったのはその後は先生のマッサージではなくストレッチングだった。それもかなりキツイもので涙が出るほど痛かった。

そして、その効果が少しずつでてきた。毎日の通院が週3回になり、週1回になり、やがては自分でストレッチを続けることで、通院を終了しても完治すると言われた。ここまで3ヶ月を要した。でも結果的に完治したのはそれから半年ほどかかった。それほど重傷だったのだ。

さて、どうする?
今回の再発でぼくはどうしようかと考えた。もう一度あの接骨院に通うのか、それとも自分で治療するかだ。ぼくは後者を選択することにした。

それも、坐骨神経痛のことだけじゃない。この際、今の生活の全てを見直して自分の「治癒力」を上げることにしようと思ったのだ。

そのために買ったのが冒頭の2冊の本だ。読み始めてみるとかなり難しいことが書いてあるし、長い内容なのでざっと流し読みをするだけで終えた。全部を読まなくても充分だった。書いてあることを実践するのではない。医療機関などに頼るのではなく、「自分の治癒力を高める方法を自分で見つけろ」とぼくは理解した。

坐骨神経痛のことについて、今はとても便利だ。ネットで詳しくいろいろ書かれているし、特にYouTubeをみるといろんな先生が詳しく教えてくれた。教科書に書かれているような「梨状筋(りじょうきん)」というお尻の奥にある筋肉が硬くなって坐骨神経を圧迫しているという原因だけではない。本当にいろんな原因があるし、その治療法もいろんな方法があることがわかった。

自分で勉強して、自分の方法を見つける
その結果、ぼくは「自分で勉強して、自分の方法を見つける」ことにした。つまりどこを緩めるとどのくらい効果があるかを自分自身で探っていくことにしたのだ。YouTubeで解説されている方法はくまなく試してみた。

そして、足の裏、膝の裏側、太ももの各部分、梨状筋、大腰筋、しかもそれぞれのどの部分が効くのかを丹念に調べていった。結果的に足の裏、お尻の梨状筋の一部、大腰筋は太ももの付け根部分と、その少し上部分がメインの箇所で、それ以外もその都度痛みが軽くなる所を探して痛みをなくしていった。

おへその左上を少し押したり、鎖骨の下のくぼみを少し押すことでも大腰筋を緩める効果があることも知った。人間の身体はこれほどまで複雑に関係しているんだとあらためて知ることができた。

そして、わずか1週間程でその効果が出た。今日このように長い文章を書けているのも、その効果が出たからなんだと思う。結局は自分から積極的に勉強して自ら試して良い方法を見つけるのがぼくにあっている。そういうことなんだとわかったのだ。

生活を変えよう
そして、ぼくのいわゆる習慣にしていることを、もう一度見直してみようと思ったのだ。中性脂肪や尿酸値やγ-GTPの値が高いことも、同じように「自分で勉強して、自分の方法を見つける」ことにしようと思った。

ぼくはいわゆる西洋医学に頼ることはやめている。年に一度の血液検査で中性脂肪や尿酸値、γ-GTPの値が高かった。医者にいくと大量の薬を処方され、その処方箋を持って隣の薬局に行くと、必ず「飲むのをやめるとまた数値が戻るので、ぜったいに続けてください」と脅される。

これは根本治療ではなく、薬を使って強制的に数値を抑えることだけだ。しかもその副作用のことは一切言わない。しかもやめるなと言われる。これっておかしくないかい?

だから、ぼくは尿酸値を抑える効果があるアンセリンというお茶(カツオ・マグロから精製したアンセリンを配合したお茶)を飲むようにした。しばらくして病院で再検査すると「薬の効果がでましたね」と先生が言った。実は薬ではなくアンセリンの効果なんだけど、そのことはもちろん言わなかった。

その後、なぜかまた数値が上がってしまった。「なぜか」ではない。自分はわかっている。生活そのものを変えないとだめだということが……。食生活だったり、お酒の量だったり、運動だったり、言ってみれば生活のすべてを根本的に変えないといけないのだ。わかっているのに。

初孫の誕生で目覚めた
1年前に可愛い初孫(女の子)が産まれた。その時にぼくは誓った。この子のためにもっと長生きしなければと。その頃は毎日制限なく好きなお酒を飲んでいたので、いつも翌日は気持ちが悪かった。これじゃ、ぜったいに長生きできるわけはないなと思ったので、焼酎を小ビンに入れてそれ以上は飲まないと決めた。

最初は違和感を感じたけど、慣れると大したことじゃないことが分かった。30才の時に禁煙した時と似てる。本当にやろうと思えば大したことなんかじゃない。そして当然体調はすこぶる良くなっていった。今年の検査結果のγ-GTPは正常値に近いところまできた。その気になればできるんだよね。

今回の坐骨神経痛の治療を始めたことがきっかけで、中性脂肪や尿酸値を下げる気になった。そこで「自発的な治癒」ということをキーワードにいろんなことを実戦しようと思う。そのために、とりあえず6つのことを決めた。たいしたことじゃない。今までやっていなかったことをやるだけのこと。でも多くの人はわかっていてもやっていないんだろうな。ぼくも含めて。

そして今は本当によい時代だ。血液検査を自宅でできるキットがあって、病院に行かなくても検査ができる。年に1度じゃなくて、3、4回のチェックをするつもりだ。

1週間前はあれほど耐えられない痛みがあったのに、今日はこんなに長い文章が書けるようになった。よかったねえ〜。(ただ、完治まではまだかかりそうだけどね)

P.S. ( 6/14 )
このブログを読んで、ある無線局長さんから親切なメールをいただいた。ご自身の経験から仙腸関節障害の話を教えてくれたのだ。ぼくも丁度「仙腸関節」のことが気になっていたところで、いろいろ調べていくうちに自分にも当てはまることがわかった。

やっぱりYuTubeなんだけど、そのほぐしかたを自分でやってみた。すると劇的な変化があり、スーッと軽くなったように感じる。今までのやり方にこれを追加してみることにしよう。ひょっとして思ったより早く完治するかも。

スライドショー観てね!

帆船模型サプライ号を作り始めたのが去年の6月1日だから、もうすぐ1年になる。初めてのことだし、いつも書いているように殆ど説明書が役に立たないレベルなので、頼りになるのは6枚の図面のみ。本当にわからないことがいっぱいだった。

でも、作り始めて3ヶ月くらいたつと、「そうか説明書なんかなくても、自分で考えればいいじゃないか」ということがわかってくる。例えば日本ではプラモデルのように手取り足取り手順がこと細かく書いてあるのが普通だと思っている。

でも、物作りの原点からすると、これはあまりにも安易すぎるかもしれない。欧米の帆船模型作りはむしろ全く逆だ。「物作りは自分で考えることに意味があるんだよ」と言っているように感じる。

そんなことを思いながら図面をじっと眺めていると、どういう手順で作ればよいかが見えて来た。そうなるとだんだん楽しくなってきた。

それに、何度も失敗を繰り返すとわかってくることがある。失敗してももう一回作り直せばいいし、自分なりの考え方で軌道修正しても問題ないんだとわかってくる。要するに、これでなければダメなんていうものが全くないんだよね。なんと自由なんだろう。なんと面白い世界だろう。これが帆船模型作りの魅力なんだとわかる。

今現在は最終コーナーに入っているので、あと1ヶ月もあれば完成するかな。そう思うと、何だか急に名残惜しい気になってきた。だから、これからはもっとゆっくり進んで行こうと思う。

というわけで、これまでの道のりを短いスライドショーにしてYouTubeにアップしてみた。

動画にしてみるとあっと言う間だけど、ここまで楽しかったなあ〜♪
次は帆船じゃなくて、ロンドンの木製市電キットを作ってみようかなあ。そんなことを思い始めている。

帆船模型作りの過去のエントリー

1年後のぼくへ

今週から「Traveling Clothes」という素敵な曲にチャレンジし始めた。
Tommy Emmanuelが弾くと簡単そうにみえるけどとても難しいんだよ。でもぼくはいつかきっと弾けるようになると思っている。Tommyと同じように笑顔で弾けるようになっていると思っている。

なぜかというと、初めてチャレンジした曲「Windy & Warm」も最初はまったく何もできなかったし、できるようになるとも思えなかった。でも、先のことは考えないで、とにかく毎日たとえ10分でもいいから、必ず練習すると決めた。

そして半年後、その積み重ねでついに全体を通して弾けるようになった。ほんとに嬉しかった。まったく何もできなかったのが、ここまで来れたんだからね。

そして4ヶ月前からチャレンジを続けているのが、この「Angelina」という名曲。
前曲よりさらに難しいんだけど、なんとか今は50秒くらいのところを練習している。実際はリピートがあるので、全体の半分くらいのところかな。

はたして半年前の自分は、こうなることがわかっていただろうか?
いや、そんなことはまったく想像もできなかった。自分がこの先どうなっていくのかなんて誰もわからないと思う。

でも、確かなのは、何かを続けていくことで、きっと今の自分より前に進めているということだと思う。

ぼくは10年以上前から毎年「ほぼ日手帳」を書き続けてきた。会社に置いていたので、どちらかというと仕事のことが多かったし、毎日は書いていなかった。

そして今年から5年手帳に変えた。今年からは仕事のことではなく、ごく身近なことを書くようになった。しかも欠かさず毎日。

この日記を始めたことで、来年の今日、1年前の日記を読むことになる。そのときに自分が何を思うだろうか? 5年後はいったい何を思うのだろうか?

1年後のぼくへ尋ねます。
ぼくは少しでも前に進めていますか? 人生を楽しんでいますか?

 

岡崎公園の藤棚、出遅れた…

先週のチューリップ畑も綺麗だったけど、岡崎公園の藤もこの時期は訪れる人たちを感動させてくれる。

でも、ちょっと出遅れてしまったみたい。残念。

今回はDP0 Quattroを使い、RAWモードで撮影して、SIGMA_PhotoPro6で現像してみた。(ただし、この写真はサイズダウンしている)

こちらは現像前 ↓

現像前と比べると、これほど違いが出てくる。現像ってすごいな! それにさすがDP0は超広角なのに歪みが殆どない。これもすごいね。

来年こそはピークの時期に来よう!

あなたへチューリップの花束を贈ろう!

なばなの里「チューリップまつり」へ行ってきた。たぶん今週で見納めだと思うので、どうしても行きたくて急遽予定を変更してでかけた。

園内に入るとまずは目にも鮮やかな黄色いビエラ(だっけ?)がぼくたちを迎えてくれた。思わず、「お〜〜!」と声がでるくらい見事だ。今日は少し暑いけど、爽やかな風が吹いてくるのでとても気持ちがいい。到着したのが金曜日の午前11時頃、まだ人もまばらでゆっくり回れそうだ。これも今年から週休3日にしたお陰……。

園内を順路に従って歩いていくと、巨大な温室の「ベゴニアガーデン」の入口があった。館内に入ると、またもや「お〜〜〜!」。目にも華やかなベゴニアの花たちが、いらっしゃいと歓迎してくれた。

この「ベゴニアガーデン」は入村料とは別に入館料が1,000円いるんだけど、この日は14時までに入ると無料クーポンが付いていて只で入ることができた。

なばなの里は入村料が2,300円で、園内での食事やお買い物に利用できる金券が1,000円分付いている。ってことは「ベゴニアガーデン」の無料クーポンも入れると単純計算で実質の入村料は300円!? たぶん多くの人は夜のイルミネーション目当てなので、それを考慮しているのだろう。

こんなふうに上からつるして飾るものや、鉢植えにして飾るものなど、ものすごい種類のベゴニアがあった。

メインの温室にはテーブルと椅子がたくさん用意されていたので、しばしここでコーヒーを飲みながら、まったりと過ごすことができた。もうすっごくシアワセ♪

周りを見ると、あちこちで数人のスタッフが花の手入れをしていた。これほどの数の花たちの面倒を見るのって、大変だなあ。でも楽しい仕事だろうなあ。

ベゴニアガーデンの出口から外を眺めると、色とりどりのチューリップたちが見えた。もう何という可愛いさだろう。

チューリップ畑に向かう道の両側にも、たくさんの花たちがいっぱい咲いていた。綺麗なツツジも満開だね。

しばらく行くと、ここは夜のイルミネーション会場へと向かう「光のトンネル」だ。この時間はまだ入口がふさがれていて入れないけどね。実際は夜になるとこんな感じになるらしい。↓

そして、一番奥に着いたぞ「チューリップ畑」!

わ〜広いな〜! わ〜綺麗だね〜〜!!
もう「感動」という一言でしかない。
だからこれ以上、説明はいらないので写真をみてね。

(画像クリックで拡大)

広いチューリップ畑を時間をかけてじっくりくまなくまわって、この幸せな感動をこころに刻み、良い「気」を思いっきり胸に吸い込んだ。そろそろ喉も渇いたしお腹も空いてきたので、園内にある「イタリアンレストラン 麦」へと向かった。

まずは、地ビールで渇いた喉を潤す。く〜〜〜〜〜〜っ!

前菜とサラダが付いている明太子スパのセット。おいし〜〜!

園内には足湯もあったので、歩き疲れを癒すために浸かった。ほんと、至れり尽くせりだよね。

そして木陰のベンチで新緑を眺めながら、爽やかな風に当たる。あ〜、なんという気持ちがいい所なんだろう。いいな〜。ぼ〜〜として、いつまでもずっとここにいたい気分だった。

例によってお土産は「長島地ビール」。そして、くまもとフェアの芋焼酎。さらにはおつまみの手羽先。

我が家から1時間ちょっとで行ける「なばなの里」。季節ごとにいろんな花が咲き、訪れる人たちを癒してくれる。また秋にも行きたいな。

そして、いつまでも花を見て「感動」できる自分でありたいなとあらためて思った。とても大切なことだよね。

使用カメラはRX100 PhotoShopでレタッチ

ぼくがブログを書く理由

ブログというのは、今ではいろんな形式のものがあるけど、元々「公開日記」として始まったものだと思う。ぼくがブログを始めたのは、自分のまわりにある「楽しいこと」「面白いこと」を日記のように残しておくことから始まった。

日記なので後で読んだときに、あ〜そうか、この時はこんなことを思っていたんだなとか、忘れてしまった趣味のノウハウなどを、あとあと思い出したい時に役立てると思ったからだ。それにぼくは元々、ノートにいろんなことを書きためることが大好きだったこともある。Marvel’s Brainと題したぼくのノートは数十冊あるけど、ものすごくいろんなことを書いていた。

それと、これは自分の経験なんだけど、困ったときに頼りになるのは、経験をした人の体験記のようなものだった。特に趣味のアマチュア無線の場合は、困った時に検索をすると多くのブロガーが自分の体験を記録してくれていて、それがとても役にたった。

このブログもアマチュア無線関連のアクセス数がトップなんだけど、少しは参考になってくれればいいなと思う。

逆にぼくが帆船模型作りで困った時に、ネットで探しても残念ながら参考になる情報はとても少ない。あったとしても、ぜんぜん必要のない情報ばかりで、それどころかぼくが作っている「サプライ号」の情報は殆ど見つからない。だから、ぼくが困ったこと、工夫したことをここに残しておくことで、これから作ろうとしている誰かの役に立てるかもしれないなと思う。

さてさて、今日も壁にぶつかってしまったので、そのことを書いておこう。
上の写真はこのキットの外箱にある写真なんだけど、ここの部分の作り方がわからない。根本のデッドアイという滑車とその下にあるチェーンプレートというパーツを、この板部分にどう取り付けるかだ。(例によって詳しい説明書はない)

ま、とにかく深く考えないでいいからと、ダミーの糸に角度を合わせながら、チェーンプレートを釘で固定した。どう考えたかというと、このプレートで滑車の根本の金具を押さえ込めばいいんじゃないのと思ったからだ。

ところが、その考えは甘かった。まず滑車の金具と板の溝のサイズが合わない。このままでは入らないじゃないか。それならペンチでグイッと挟んで入るようにすればいいのかなと思った。

もう一度ちゃんと考えてみよう(というか、最初からもっとよく考えろよという話だけど)。この二つのパーツをじっくり見るとよくわかる。つまり、滑車の金具の下の輪っかの部分に、チェーンプレートの先を曲げて、引っかけるようにしてつなげばいいんじゃないのか。

試しに一つだけやってみた。板の切り込みをルーターやカッターを使って、幅と奥行きを削って、この部分にチェーンプレートと滑車の金具を連結させたものを納めて、根本を釘止めした。これでいいかも。

溝の部分をこんなふうに削ることで、それぞれのパーツがきちんと納まるよね。でも、こんなことって最初からメーカーがやっとくべきことじゃないのか!?と怒ってもしかたがない。

実は、この帆船模型メーカーは作り手に「さて、みなさん、ここで問題です。この部分はどのようにして解決すべきでしょ〜か?」とトラップクイズを出したのだ。ここで正しい方法を見つけることができた人だけが、その先に進むことができるのだ。(まさか)

というわけで、それぞれのパーツがちゃんと納まったところで、外から押さえの角材を接着して事なきを得た。ふ〜〜〜。

ま、こんな感じで、これが正解なのかどうかは分からないけど、同じように困っている人のヒントになればいいなと思う。

さあ、まだまだ先は長いぞ!

帆船模型作りが楽しくなってきた

ロープ張り、始めはのんびりコーヒーを飲みながら

帆船模型作りは木工の工程が終わって、あまり気が進まないロープ張りの工程に入った。でも、帆船はロープがあるからこそ、あの美しい姿になるわけで、いかにうまく張るかがとても重要になる。さらに帆船は文字通り「帆」が推進力になるんだけど、ぼくはあえて帆がないタイプのサプライ号を選んだ。(ないほうがカッコいいと思う)

まずは、ヤードに滑車を付ける作業からだ。この作業はそれほど難しくはないので、コーヒーを飲みながら、いつものようにJAZZRADIO.COMをBGMに少しずつ進める。

滑車は7種類で200個くらいの数がある。すごい数だよね。滑車の数は同じくここを通るロープの数になるわけで、帆船はいかに多くのロープが張り巡らされているかがわかる。しかしあの図面だけで、これらを完璧につなげぐことができるのだろうか、正直言って自信はない。

滑車は小さなものはわずか3mmくらいの小ささなので、結ぶときは指よりはピンセットを使うとよい。まるで外科手術みたいなんだけど、慣れないぼくはなかなかうまくいかないことが多く、イライラすることがある。ここは集中力がものを言う。

誰かが近くにいれば、ちょっと持っててくれる? とお願いすればいいけどここには誰もいない。こんな時にはバイス万力君にちょっと持っててとお願いする。彼はとても素直で親切でいいやつなのだ。

丁度1週間前から毎日少しずつ滑車とロープ張りをして、今日でここまで終えることができた。まあ、ここまでは大した作業ではないので問題はなし。ただし糸がピンと張れていないので、このあとに水で薄めたボンドを糸に馴染ませて、ドライヤーで成型して綺麗なラインを作った。

さあいよいよ、ここからだんだん帆船模型らしくなってくるよ。
まずは船首バウスプリットの部分からスタート。長く突きだすパーツを付けると、いかにも帆船らしい姿になってきたぞ。ヨットでいうとジブセールを張るブームだよね。(若い頃、「しおからセーリングクラブ」という小さなクラブを作って、ディンギーに乗り三河湾で楽しんでいたのを思い出した)

この3つの穴が開いている滑車はデッドアイという、これは多くの箇所で使われている滑車だ。かなり力が加わる部分に使われているんだけど、滑車の3つの穴にロープを3回巻くことで、力を分散させるようにしているんだろうな。なるほど。こうやって、作りながら各部の役割を学ぶのも面白い。

アンカー(錨)も船体に取り付けた。ロープの端の始末は図面にはなかったんだけど、誰かの写真でこんなふうにグルグル巻いてあったのを参考にしてみた。

よし、今日はここまでにしよう。自己満足だけど、なかなかカッコいいではないか!
だんだん帆船らしくなってくると、先の楽しみが膨らんでいくよね。この工程が嫌で2ヶ月もブランクがあったんだけど、いざ始めてみると意外に楽しいものだとわかった。何事も毛嫌いせずに、まずはやってみろということだよね。

いくつになっても、常に新しいことを始める

去年の6月から始めた帆船模型作り。急がずに1年ぐらいかけて、のんびり作ろうと思って始めた。予想外のブランクが2ヶ月もあったけど「じっくりいろんなことを考えながら、一つのものを作り上げていく趣味」というのはとても楽しいものだなと思った。

かと言って、すぐには「2艇目の帆船模型作り」をやろうと思わないと思う。たぶんその変わりに、また次の新しいことを始めるだろうなあ。

先日105才で亡くなった日野原先生(聖路加国際病院理事長)が「長寿の秘訣は、常に新しいことを始めることだ」と言っていた。たしかにそうだと思う。

でも、ぼくは長寿のためにそうしようとは思っていない。「人生を楽しむこと」こそが、いつもぼくの生き方のド真ん中にある。そのためには、何か新しいことを始めることなんだと思っている。というか、勝手に新しいものを探してきて、それをやらずにはいられない性格なんだけどね。

会社で新しいことを始めようとしたり、自分が会社をやめてもカフェを始めたいなと思うことも、全部そこにつながっているように思う。たった一度の人生だから、いろんなことを楽しみたいものだ。

帆船模型作りが終わったら、今度は何を始めるのか、今は自分でも全くわからない。でもまた何か新しいことを見つけ出してくるんだろうなあ。