久しぶりの旅を楽しんだ♪

2016年も間もなく終わろうとしてる。
今年はいろんなことがあった。会社でのいろんな混乱。そして20才になる愛猫みゃーの死。その影響かぼく自身は体調も崩し、精神的にも傷つき、いろんなことにくたびれてしまった。

しかし、後半になると、なぜかアウベルクラフトのファンの方から応援のメッセージをもらうことが増えた。そして、必死にいろんな業務改善を進めた結果、業績も順調に回復し、少しずつ気力も回復してきた。

そして、念願だった自宅のフルリフォームに着手する気にもなれた。でもリフォームというのがこれほど大変なことかと思うほど、やることが多い。家具や不用品の処分、設計会社と毎週の打ち合わせ、ショールーム通い、さらには引っ越し〜仮住まいなど大変だったが、精力的に動けるようになった。

そして趣味のアマチュア無線を楽しもう、という前向きな気力も少しずつ湧いてきた。本を読もうという気持ちも、ギターを弾こうという気持ちも、自然と復活してきた。

11月には長男の結婚式を無事滞りなくあげることができた。さらには来年の1月に次男の初孫まで授かるのだ。とにかくいろいろ大変なことが多かったが、よいこともある。

そして、気がついたら2016年も間もなく終わろうとしているのだ。今年は一度も旅をぜずに終わってしまうんだよ。そうか、よし、今年のいろんな疲れを癒そうと、温泉旅行にでかけることを思い立った。

かみさんが見つけた、鳥羽相差で海の見える高台にある、静かな旅館が偶然にも予約できた。あちこち立ち寄ることはやめて、ここででのんびり過ごすことにしよう。

冒頭の一枚目の写真がその宿の部屋にある露天風呂だ。
この大好きな露天風呂にいったい何回浸かっただろうか。8回かな?
海を眺めながら、月や星を眺めながら、朝日を眺めながら、冬の冷たい風をほほに感じながら、そのたびにいろんな疲れが身体の芯から消えていくように感じた。

料理は前菜に続き、新鮮な魚介類の刺身が盛りだくさん。10種類はあるだろうか、とろけるようなおいしさに、思わず笑顔になる。お酒もうまい!

さらには、新鮮な伊勢エビの刺身に続き、焼き物も。

そして、和牛のステーキ、メバルの煮付け、さらにさらに……。
目の毒なので、これくらいにしよう……。

山の上にひっそりとたたずむこの宿には9つの部屋しかなく、道路からも遠く離れているので、本当に静かだ。

翌朝7時、日の出。
雲はまったくなく、風もやんでいる。
部屋の露天風呂にまったりと浸かりながら、この眺め。
1年の終わりをこんな形で過ごせることに感謝感謝。

ぼくは旅が好きだ。
旅の途中に出会う景色や、食べ物、そして出会った人との会話。
そのどれもが、ぼくの人生の宝になる。

人生はお金よりも大切なものがある。
楽しくすごせることの幸せ感は夢の刹那ではなく、その楽しかった思い出を記憶として貯めることができる。その記憶がたくさんになると、嫌なことや辛いことがあったとしても「いろいろあるかもしれないけど、楽しい思い出がぼくを守っていてくれるのだよ」と前向きな気持ちになれるのだ。

そして、今回の旅の楽しみは温泉ともう一つある。
それは水族館で1枚の写真を撮ることだ。

1年ほど前に手に入れた「SIGMA(シグマ)のdp0 Quattro」というカメラだ。
届いた「dp0」というエントリーにも書いたが、あるサイトで見た水族館の水槽の写真に感動したのが、このカメラを買うことにした理由だった。

いつか、こんな写真を撮りたい。ずっとそう思っていたのだ。
鳥羽水族館に行き、何枚か撮った写真の一枚がこれ。
なんと美しい世界だろう。


(写真をクリックすると別画面で拡大)

ただし、このdp0はズバ抜けた性能を持つ反面、不器用なカメラなのだ。
だから動きがある写真は撮るのが難しい。この愛嬌のあるスナメリは愛用のニコン P300でとった。レンズが明るいのが何よりのカメラだ。

それにしても、ほんとに可愛いなあ。

そして、伊勢志摩に来たら、やっぱり伊勢神宮へ。
「今年1年、いろいろ辛いこともありましたが、なんとか無事過ごすことができました。ほんとうにありがとうございます」と感謝の気持ちを込めてお祈りする。

参拝後はいつも「おかげ横町」や「おはらい町通り」のお店を巡るのだが、あまりにも人が多く、いくつかのお店に寄ってから帰路につくことにした。

あと、2週間ほどで2016年が終わる。
この1年は厳しい年だった。でも不思議なんだが、来年はきっと良い年になるような気がしている。それは希望や願望なのだが、そう思えるというのは、ぼくの中にそういう確信があるのだろうと思う。

以前、中日新聞の「中日春秋」に書いてあったことを思い出す。
ぼくの尊敬する内田樹さんが書いた「邪悪なものの鎮め方」からの引用だ。

社会は一気にはよくならぬ。「ろくでもない世界」の中で自分の周囲に「気分のいい世界」をこしらえれば、いつかは別の「気分のいい世界」「気分のいいやつら」と出会い、拡大していく。遠回りしているように見えても結局、それが公正で人間的な社会につながるという考え方。「したがって『悪い言葉』を語る人間にはついてゆかないほうがいい」

と書かれていた。これはぼくの中心的な思いにつながっている。
せめて自分の周りに「気分のいい世界」や「気分のいいやつら」を拡大させていくことで、何かよい方向に向かっていける支えができていくのだとうと思う。

このブログを読んでくれている人たちにとっても、2017年が良い年になるようにと心から願っている。