「練習する」ことの意味

「練習する」ことの意味

前から思ってたんだけど、そのままにしていたことがある。
それはCWのパドルを左手で打つこと。どうしても「右利き」なので、あまり深く考えることもなく、右手で打つ習慣になっていた。でもログをつけたり、メモに書いたり、トランシーバーの操作をするときは、右手を使うので動きに余裕がなくなってしまう。

前から左手で打つ人を見て、あれができればいいなとは思っていたけど、右手で打ってもそれほど困ったことがないので、あえて挑戦しようとは思わなかった。

でもこうやって左手で打てば、右手をパソコンのマウスやメモ書きも不自由なくできる。それにカッコいい! よし、今日から練習して左手で打てるようにしようと思った。

きっかけはこの動画なんだけど、実際はこれよりもっと短い交信が多いので、受信時間も短いから、両手があきっぱなしということはあまりない。だからこそ左手で打つのが有効なんだよね。

この動画はリバースじゃないけど、リバースのほうがやりやすそうだ(リバースは長点と短点を左右反対にするやり方で、右手でも左手でも人差し指を長点にする)。最初はぎこちなかったけど、すぐに慣れてきた。それになんだか楽しい。よし、これから毎日練習することにしよう。

それからギターの「練習」方法も今日から変えることにした。

最初はとても無理だと思っていたこの「Angelina」も、練習をずっと続けてきたおかげで、だいたい通して弾けるようになってきた。でも、まだ時々つっかえる。そのつっかえるところはだいたい決まっていた。

ぼくの練習の方法は、最初から最後まで通して弾くことが多い。とにかく「繰り返し練習すること」、それしか上達の道はないと思っていた。

でも、どうやらこれはちょっと違うなと思い始めた。つまり「練習する」ってことは「できないことを、できるようにする」ってことだよね。でも今までは「できること」も含めて繰り返し弾いていた。

だったら、できるところはやらなくていいんじゃないの? って、そんな単純なことに気が付いたんだよね。これって時間の無駄じゃんって……。そうじゃなくて「できない部分」だけを、繰り返し何度も練習して、できるようにするだけでいいんじゃないの? って気が付いた。

あ〜あ、なんでこんな当たり前のことを、今さら大発見したように気が付いたんだろう。ま、いいか。気が付いただけでも……。

今日は3カ所くらいの「弱点」だけを繰り返し練習してみた。短いフレーズなので集中して何度も何度も繰り返し練習できた。そして、当然ながら昨日と比べるとハッキリと上達したことが自分でもわかった。

よし、これからはCWもギターも練習するのは「できないところだけ」を「できるようにする」。ということで、このことはとても大事なことなので、忘れないように、ここに書きとめておこうと思った。