カメラ

カメラは知的な遊びだ

2019年6月23日

カメラは知的な遊びだ

ぼくはカメラが好きだ。
先日は突然嵐のような雨が降ったんだけど、その後に久しぶりの虹を見つけた。しかも2重の虹。そうだと思って、あわてて部屋にD7500を取りに戻り、ピークはすぎたものの、何とか虹が消えない前にと撮れたのがこの一枚。レンズは10-20mmの超広角レンズ。こんなふうに一瞬の思い出を切り取れるのが写真の良さだと思う。

ちなみに、この2重の虹は「ダブルレインボー」といって、幸運がやってくるというサインなんだって。それと、よく見ると、一つ目の虹ともう一つの虹の配色が反対になってる。面白いねえ。

もう一枚、こういう写真も好き。
iPhoneのアプリ、ミニチュア風トイカメラ「Photograph+ 一眼トイカメラ」を使って、ミニチュア風の写真を撮ってみた。これをPhotoShopで色補正してみると、まるでミニチュアカーみたいで面白いよね。

この一枚は105mmマクロレンズで撮ったもの。
ピンポイントに焦点を合わせて、マクロレンズならではのボケ具合になって面白いなと思う。

こんなふうにレンズやISO、絞り、シャッタースピード、露出を変えることで、写真っていろんな表現ができるから、それをどう使い分けていくかということになる。ま、ここまではいいと思う。

さて、今日はカメラ(写真)のことで最近思うことを書いてみるね。カメラ好きの人で、同じようなことを思っている人がいるかもしれないなと……。

一眼レフカメラのレンズは、いつのまにか単焦点レンズ、超広角レンズ、望遠レンズ、マクロレンズと幅広くいろんなレンズがそろってきた。

当然ながらレンズを変えることで、まったく違う世界を表現できる。と同時にそれを使いこなす技術も知識も必要になってくる。だから、いろんな本を読むし、YouTubeを観て、多くの人たちからたくさんのことを学ぼうとしている。

ところが、正直いって最近は迷路に入りこんでしまっている。それは何かというと「自分はどんな写真が撮りたいのか」、「カメラで何をしたいのか」が見えなくなってきているんだよね。

今まではずっとカメラで「よい写真」を撮りたいと思っていた。だからいろんな手法の本を読んだり、YouTubeでプロの動画を見まくったり、自分でもマニュアルモードでいろんな撮り方をして勉強してきた。

でも、それって「本当にぼくがやりたいことなのか?」「本当にそれが楽しいことなのか?」って思い始めた。なぜかというと、そういう技術的なことを追求していっても全然楽しくないからだ。

その答えを探すために、ネットで「カメラは知的な遊びなのだ」という本を見つけたので読んでみた。これは10年以上も前に出版されたもの。読んでみると、ぼくが日頃思っていることがいっぱい書かれていた。例えば___カメラの性能がよくなって、誰でも綺麗な写真が簡単に撮れるようになってきた。でもみんな同じで「つまらない写真」ばかり。___そうだよなあ。

つまり「写真がうまくなっていくこと」じゃなく、写真を楽しむこと。自分だけの写真、自分にとって価値のある写真。それは汚くても、ピントがボケててもいい。自分が好きな写真を撮らないといけないということ。要するに「カメラは遊び」なんだってことだよね。その意味はよくわかるなあ。

でも、多くのオジサンたちはカメラ技術の本を読み、写真講座や撮影会などに参加したりして、ひたすら上を目指している。真剣になって、難しい顔をして、あじさいの花を撮っている。さらには、近くにいる若い女の子に声をかけ、「ISOはね。800にしてねえ…」とか偉そうなことを言ってる。好きなように撮らせてあげればいいじゃないか、って思ってしまうんだよね。(ま、それは人それぞれでいいけど)

(写真はWikiPediaから)
ぼくは小学生の頃から写真を撮っていた。当時、このミノルタ16という、スパイカメラのような小さなカメラを使っていた( 父親のカメラを無断で… )。もちろんモノクロだけど、絞りやシャッタースピードも変えられる。というか適当でもそれなりに撮れていた。

クラスの友達が集まったときは必ず持っていき、みんなの写真を撮っていた。できあがるまでの数日がとても楽しみだった。ちゃんと撮れてるかなあ。できあがった写真を、みんなでワイワイいいながら見るのがとても好きだった。きっと楽しかった思い出を残したかったんだよね。

そうだよね、写真は綺麗な写真、人に見せる写真より、自分の記録なんだよね。よく考えると今までの写真は「今日は桜の写真を撮ろう」「旅行の記念写真を撮ろう」「ブログの写真を撮ろう」というふうに、いつも目的が最初にあって写真を撮っていた。

しかも「よい写真」を撮ることばかりに気持ちが行っていて、気楽に撮るということを忘れていた。そうではなくて「常にカメラと共にあるべし」ということだなって思い始めた。意識せずにいつもカメラを持っていて、気楽にシャッターを押す。そういう写真がぼくの撮りたい写真じゃないのかなあ、そんなふうに思い始めた。

そんなことを思っていて、もっと小さくて軽いカメラ欲しいなと思っていた矢先。偶然こんな面白いカメラがを見つけた。

わずか100gほどの、しかも手の平に乗る小さなサイズのクラッシックカメラ、「Digital Classic Camera MINOX DCC 5.1」だ。シャッタースピードも絞りもISOも変えられないし、画質もいまいちだ。せいぜい、ホワイトバランスが変えられるくらいで、ただシャッターを押すだけのカメラ。でも姿はめちゃくちゃ可愛いらしい!

ところがすでにだいぶ前に製造が中止されていて、殆ど販売されていない。並行輸入品がアマゾンで販売されていて、残り僅か……。う〜〜〜ん、どうする?どうする!?

いずれにしても、今日からカメラ(写真)の考え方が、すっかり変わったのは間違いない。目的があって撮す写真、それはそれでいい。もう一つはいつも身近にある写真、いつも手にはカメラがあって気楽に撮る写真。そのどちらも「遊びとして自分の写真を撮る」のだ。「よい写真」じゃなくて「好きな写真」を撮るのだ。

よし、しばらくこれで行こう!

あ、そうそう、ちなみにね。中程にある一眼レフカメラレンズの写真なんだけど、一番右の「AFS-NIKKOR 24-70mm 1:2.8G ED」はね。10年くらい前にニコンから発売された、ニコンレンズ型マグカップだよ。すごく精密にできていて、よ〜く見ても本物にしか見えない、面白いなあって思う。こういう遊び心が大好きだなあ。

ということで、今日は考えがまとまったので、ちょっとスッキリした。さあ、ところで、あの小っちゃなクラッシックカメラ、どうしようかなあ〜。

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