人生は選択の連続

長い人生を歩いていくと、いくつもの分岐点に差し掛かりますよね。
そのときは、たぶん左の「楽な道」を進んでしまうと思います。(ぼくはですよ 笑)
よく考えれば、右の高い山に登って、そこから見える景色は素晴らしいとは思います。
でもやっぱり、楽な方を選んでしまうんですよね。
もし、左の道が「通行止め」だったら?

ところが、もし左の楽な道が「通行止め」で先に進めないとしたら?
仕方がないので、右の険しい道を進んで、山を越えて行くしか選択肢はありません。
嫌々で右の道を進むんですが、いろんな意味でこれで良かったって思うんですね。
⋯⋯ あっ、これはぼくが町内会の総代になってからの話です。笑
どちらの道を進むのか?
あらためて、もしどちらへ進むのかは自由だとしたら
ぼくはやっぱり、最初は「楽な道」を選んでしまうかなと思います。
ところが「あっダメだ、やっぱり引きかえそう!」そう思うことが多いんです。
そして我にかえって
「たった一度の人生だもの、高い所から見える景色を見たいよね!」
な〜んて、気持ちを前向きに切り替えて、先を進んでいくわけです。
だったら最初から右に行けよって話です。
ま、ぼくの人生はその繰り返しです。今日の話もそうです。
前置きが長くてすみません (^^;
楽器の演奏はイントロだけ?

最近になって練習を始めたのが、サイレントギターで双子姉妹の小七と黒猫さんが弾く「メルボルンの秋」という曲です。→ 新しいギターの楽しみ方♪
この練習はイントロ部分の練習だから、とても簡単なんですね。ではなぜイントロだけなのか?ですが、そのいきさつを書いてみます。
一年ほど前のブログの「病院ピアノで閃いた♪」にこんなことを書きました。(↓)
これからは努力をして、通して弾けるようにする必要はないよね。つまり「イントロが弾けるだけで充分だよね」‥‥そう思ったのです。そうだそうだ!大賛成〜!!!
⋯⋯そんなふうに思って、この動画をヒントにしました。
これが悪いということぢゃないので、誤解しないでくださいね。これを演奏してくれている "ずっしーさん" は凄い人ですから⋯⋯。
それ以来「イントロだけ練習する」ことで満足していました。とにかく「弾いている時間が楽しい♪」、それだけでもいいんぢゃないか!という自己満足をしていたんですね。
ところが先日ある動画をみて、その考えが変わりました。
老化防止に楽器演奏だと!?
「老化防止に楽器演奏が良い」というのは知っていましたし、ぼくのやっている楽器演奏も、そうだと思っていましたが、この動画をみて、ハッとしたのです。
「楽器を演奏すると頭の中に、花火がいっぱい打ち上げられている!」
ということです。
⋯⋯ えっ、花火ですと!? (°д°)
で、ぼくは
ギターやピアノの演奏をしているときに、頭の中で花火は上がっているのか? というと
➡︎ いえ、残念ながら、ぼくの頭の中には、少しも花火は上がっていません (-。-;
⋯⋯ なるほど、確かにそう思います。
ということはですよ。ぼくの楽器演奏は「脳に刺激を与えていない」ということです。つまりただ弾いているだけで、刺激を与えるレベルの練習ではなかったのです。
初心に帰って練習をしよう!
やっぱりそうか!
「イントロが弾けるだけで、充分ぢゃないか」と思っていましたが、脳の刺激にはなっていなかったんですね。
なんとなく、やっぱりなあという心当たりがあります。最近のぼくの脳は、少しずつ老化し始めているような気がしているんですよね。
そこで、何年か前に練習していた " FORREST GUMP " の練習を再開することにしました。
この曲を毎日のように練習して、最後まで弾けるようになったんです。
でもせっかく弾けるようになったのに、今は全く弾いていません。いや、弾けません。

さっそく、しまっていた楽譜を探して、久しぶりに楽譜を見ながら弾き始めました。
⋯⋯が、やっぱり全く弾けませんでした。 (-。-;
でも、少しずつですが、頭より指が覚えているのがわかります。繰りかえし弾いているうちに、自分の脳があきらかに反応しているのがわかります。
「そうか〜、花火って、こういうことだったんだね!」
楽譜をみながら、両手と右足を使ってピアノの演奏をする。これは本当にすごいことなんだなあと改めて思いました。
ギターの練習も6年前の「さあ、Angelinaの練習をしよう!」のように、初心に返ってまた " Angelina " の練習を始めることにします。

最初に書いた、人生の分岐点で「どちらの道を進むのか?」 ということが、その選択いかんいよって、人生は大きく変わってしまうということですね。
今日は「人生でとても大切なこと」を気がつかせてくれて、そしてまた練習を再開することができて、とても良い日になったなと思います。
