日記・コラム・つぶやき

人生の「風」にうまく乗れ!

気分転換にと南公園にでかけた♪

最近、思い悩むことがいろいろあって、気分転換にと午後から散歩にでかけました。

場所は我が家から1kmほどの「岡崎南公園」の梅林です。ところが、もう満開の時期は終わったようでした。残念 ⋯ (◞‸◟ㆀ)

せっかくなので、6年前の「梅の花見に行ってきたよ♪」の写真を載せておきましょう。

おお〜、綺麗だなあ〜!

桜の花より一足早く、春を運んできてくれましたね。

ぼくの悩みをこの景色に打ち明けてみた

梅の花を楽しむことができず残念に思いながら、ベンチに座って遠くの景色をボーッと眺めていました。すると、最近思い悩んでいることが、次々と頭の中を巡り始めました。

そして、鳥たちが池の中をスイスイと移動しているのを眺めていると、ふと
あんなふうに、自由に好きなところへ行けたらいいな〜
って思いました。

そして、今ぼくが抱えている町内会の悩みを、この景色に打ち明けてみました。

すると⋯⋯そうだ!💡⋯⋯というヒントをもらいました。今日はそのことを書きます。

「肩で風を切る」のか? 「無視を極める」のか?

じつは昨年11月に「また少しブログをお休みします」に書いたのですが、その頃は町内会の人間関係で悩んでいて、自分への応援歌としてこんな言葉を書きました。

逆風に負けずに「堂々と肩で風を切って歩いていこう!」と自らを励ましました。

その後12月に書いた「(再)2025年を振り返る」の中で

まともに受け止めるのではなく「あら そうですか?」と無視を極めると書きました。

自分の感情に左右されるのではなく
あっけからんと「感情と現実を振り分ける」ということですね。

でも、結局これらのことは長続きしないんです。

今までの人生でこういう本を読んで、そうだ!その通りだ!と思っても、いつの間にかその効果は薄れてくるんですね。

そしてこの3月にまた悪い方向に進んでいます。知り合いの先々代経験者が「全く知らない同士が集まって、町内会を運営する難しさ」を話してくれたことを痛感しています。

今年は副総代から総代になり、会計という任務を受け持ちます。そこから逃げ出せば簡単なこと、でも逃げるわけにはいかない、じゃあどうすればいいの?

こうしてこの景色を眺めながら

「結局 " 特効薬 " というものはないのかな?
⋯⋯ ただ辛抱するだけしかないのだろうか ⋯⋯?
⋯⋯ どう思う?」

と問いかけました。

そして、池の鳥たちの泳ぎをみて

そうだ、これでいいんぢゃないか!?」って思ったのです。

その答えは、鳥が泳ぐことと直接関係はないんですが、この景色にある「水と風」から連想したのがヨットのセーリングでした。

ヨットは風上に向かって進む!

ぼくは若い頃に「しおからセーリングクラブ」という小さなヨットのクラブを作っていて、三河湾でディンギーに乗り、セーリングを楽しんでいたことがありました。

まずはこのイラストを見てください。

動く図鑑より)

ヨットがどうして 風に向かって進めるの?」というイラストです。その原理を知っている人は、どうしてかはわかりますよね。(詳しい原理はこちらでどうぞ)

セーリングはまず最初に風を読むことから始めます。そして行きたい方向を定めて、セールと舵を操作しながら、ジグザグに風上に向かって進んでいきます。

重要なのは水面下にある「キール」という部分です。この抵抗を利用して「推進力」を作り出している。まさに縁の下の力持ちですね。

まともに風を受けないで 前に進むということ

つまり、人生も真っ直ぐ目的の方向に直進するのではなく、ヨットと同じ方法で、タッキングしながら目的の方向に進めばいいんだ、ということに気がついたんです。

ということは
「肩で風を切って歩く」ということでもなく、「無視を極める」ということでもない、あえて言えばその中間ということでしょうか?

嫌なことに対して、まともに正面から相対するのではなく
少し斜めに構え、うまく風を逃しながら
でもしっかりと目的地に向かって、進んでいく

ということです。

さっそく、このことを実践に活かしていくことにしました。

⋯⋯ これ以降のことは具体的に書きませんが、あきらかにいろんなことが変わりました。

正直いって、こんなに人間というものは一気に変わるものなのか!?と驚いています。

ようするに「こちらが変われば、相手も変わる」ということ。それくらい人間というのは、デリケートなものなんだということですね。

アドラーの本との出会い

先ほど書いたことで、まだ解決法が見つからないときに「そういえば若い頃にこの本を読んだな」と思い出しました。そのときは「アドラーの心理学入門」でした。

今回はアドラーの「人生に革命が起きる 100の言葉」という本ですが、今日その本が届いたのでさっそく読み始めました。

読み始めると、まさに今ぼくが悩んでいることが書かれていました。

神さまが「りゅうじよ、 今こそこの本を読みなさい!」と教えてくれたのですね。

この本の最初のページに、こんなことが書かれていました。

人生が困難なのではない。
あなたが人生を困難にしているのだ。
人生はきわめてシンプルである。

まさに、ぼくが体験した通りの言葉でした。きわめてシンプルです。
自分が背中を曲げて戸口をくぐり抜ける」それで何も問題はおきないんです。

これはヨットが風を流して受けて、でも前に進んでいくことと同じことですよね。すごいと思いました。さらに、心のモヤモヤもどんどん晴れてくるのを感じたのです。

町内会(自治会)の役員の方へ

このブログは町内会(自治会)の役員の方も読んでくれていますが、本当に大変な役目だと思います。

ぼくが過去のブログに書いた中から、とても勇気が出てくるメッセージを見つけましたので、ここにその一部を載せておきます。詳しくはこちらでどうぞ!

「立場」や「役割」とは何か

ちょうどこのタイミングで、長崎県立口加高校の校長先生の「応援メッセージ」がとても勇気づけてくれましたので、その一部をここに引用して紹介します。

立場や役割は一過性のものなんです。私は立場、役割、肩書きといったものはジャケットみたいなものだと思っています。一生着つづけるものではないということです。必ず脱ぐ日、すなわちその立場や役割や肩書が終わる日が来るということです。

私たちの命と同じです。終わりがあるから人はより良く生きようと努力できるんです。 「立場」 や 「役割」も終わりがあると知れば、今そこに全力を尽くし努力できるんです。

長崎県立口加高校 校長の「生徒会委員任命式 講話」より 

⋯ この「ジャケットみたいなものだ」という、言葉が心に沁みます。

今のぼくはちょうどそれと同じ立場なんだと思います。ずっと続くわけではない。あと1年たったら脱ぐ日が来ます。

人生の「風」にうまく乗れ!

長い人生を生きていると、いろんなことがありますよね。

楽しいこと、辛いこと、嫌なこと、いろいろです。

そしていろんな風が吹いてきます。

春、花の香りをおびた穏やかな風
夏の激しい嵐のような雷と雨と風
冬は立っていられないくらい強い北風

その風を感じながら「これが生きていくことなんだよ!」と達観できればいいんですが、まだぼくは未熟者です。

それに今回学んだことも、結局何年かたつと、やがてその効果は消えていくんだろうな、という冷めた気もしています。

少なくとも今言えることは、向かい風には、争うことなく、うまく風を逃しながら

口笛でも拭きながら、飄々(ひょうひょう)と歩くことができたらいいな♪と思います。

できるだけ、人生は楽しく生きていきたいものですよね。

追伸:よいこともありますよ!

ここまで書いてきたことを読むと「総代(自治会長)になると、嫌なことばかりのようにみえますよね。でもいいこともあるので、そのことも追伸として書いておきましょう。

人間関係が広くなる
総代になるまでは、マンションに住んでいる一部の人のみで、この地域に住んでいる人たちとは、全くと言っていいくらい接触がありませんでした。それがこの役をやることで、挨拶はもちろん、世間話ができるほど人脈が広がりました。これは大きな財産ですよね。

ボケ防止になる
ぼくは70歳で退職しました。それからは時間が自由に使えますから、好きなことをやって過ごしていました。でも、好きなことだけだと脳の活性化はありません。それが町内会のいろんな仕事が始まり、どんどん脳が活性化されました。ボケている暇はなさそうです。笑

行政の要望を受けてもらえる
例えば、隣の空き地の雑草が生えて困っている。道路の補修をして欲しいところがある。その他の行政への要望については、総代だということですぐに対応してくれます。(総代からでないと動いてもらえないこともあります)

国勢調査で総代・副総代だと告げると協力的になる
昨年は国勢調査員をやりましたが、副総代だと告げてから調査のお願いをすると、その対応が驚くほどよくなりました。回収率もとても良い結果でした。これは本当にびっくするほどでした。

手当をもらえる
ここには具体的な数字までは書けませんが、副総代・総代になると町内会から手当がもらえます。そのお陰で孫たちに好きな物を奮発してあげられますよ。ま、大した金額じゃないですけどね。笑

人生の恩返し
これはぼくの気持ちですが、今までいろんな意味で、いろんな人たちのお陰で、ここまで幸せに過ごしてこれました。その恩返しという意味で、地域のためにご奉仕できれば、それは嬉しいことです。

その他、ここに書ききれないことがたくさんあります。組長〜副総代〜そして総代と続く役割・役目、できればやりたくないですよね。この役割・役目を引き継いだときは「最悪だ!」と思ったこともあります。

たしかに、楽しい仕事ではないです。嫌なこと、辛いこと、損な役回りだと思うことも多いです。でもね、きっとこの役目を終えたときに「ご苦労さん」、そして「やって良かったね!」と思うはずです。神様も見ていてくれて、褒めてくれると思います。

そして、いわゆるボランティア的なことに関われた、ということは、ある意味幸せなことなんだと思っています。そういうふうに思うことでいいんじゃないでしょうか?

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