これはぼくが2014年にアマチュア無線のカムバックしてからの毎年の交信数の推移だ。そして今日は累計で2,000交信の記念日になった。よく考えると毎日が「記念日」なんだね。最後までみるとそれがわかるよ。
交信数は2020年までの7年間でたったの600局を超えたぐらいで極めて少ない。その後はDXのコンディションもよくなり、少しずつ増えていくとDXCC 100という目標が近づいてきた。それもあって2021年は局数が増えていったのだ。
そして念願だったDXCC100を達成することができた。(DXCCは世界中の100以上の「エンティティ」のアマチュア無線局と交信をすることで加入できるクラブであり、その会員証はアワードとみなされている: ウィキペディアより)
翌年の2022年は一気に交信数が減った。これは新しくピアノの練習を始めたこと、アクアリウムを始めたことなど、アマチュア無線以外のことに時間を使ったことが大きい。
そして今年1月から仕事をやめ自由時間が一気に増え、局数がまだ6月だというのに646局となった。この内訳はコンテストでCW運用する以外は全てFT8での運用だった。
FT8は中毒性がある。画面をずっと観ながら交信したい相手を見つけコールする。あるいはCQを出してコールされたらコールバックする。そして画面は15秒ごとに新しく変化していくので、目が離せない。
こういうことをやっていると、あまり何も考えないで、ただ画面を観ているだけだから、なんとなくゲームをやっているような感覚に落ちいってしまうのだ。気がつくとあっという間に2時間、時には午前中がこれで終わってしまう。そしてEUが開ける夕方も。
なぜそうなってしまったかというと理由がある。それは7MHzでは昼間のコンディションが悪く、移動運用をしたくてもできない。
これはリアルタイムの今現在の太陽黒点数と、それそれのバンドのコンディションのデータだ。これを書いている日にみると7MHz(40m)は昼間はPoorとなっている。(当然その日ごとに変化する)
比較的コンディションがよい21MHz(15m)でもCWはさっぱりだ。だから簡単に海外と交信できるFT8に走ってしまうのだ。そして沼に…。
もう一つは今年の目標だったWASをなんとか達成させたいと思って、特に21MHzの午前中は北米のコンディションがよいので毎日運用していた。それも、残りあと2州となったので、それをなんとか達成したいと思っていたこともある。
ぼくはもう仕事をやめたから、時間はいっぱいある。日々の暮らしで何をどうして過ごすか。自分の好きなことをやればいい。思いついたことをやればいい。時にはダラダラ過ごしてもかまわない。
そういう気持ちがあるから、安易に世界中と交信できるFT8に時間を費やしてしまっていた。かと言って珍局との交信もあったり、各局のQRZ情報をみると参考になることもある。一概にFT8が意味のないことともいえないのだ。悩ましいことだ。
(追記)これはFT8がよくないと言っているのではない。あくまでもぼくの暮らしの中での過ごし方での話だ。FT8を有意義で楽しいと思っている人はこのまま楽しんでいってほしい。
今日はぼくの部屋にあるホワイトボードに「幸せとは するべきことが ハッキリすること」と書いた。これはイラストレーターのヨシタケシンスケさんの『思わず考えちゃう』にある言葉だ。
これは「するべきことが、ハッキリ見つけられたことは幸せだ」という意味だが、言い換えると「今自分は何に時間を使うべきかをハッキリさせて、その時間を大切に過ごしなさい。それが幸せにつながるのだ」ということでもある。
ぼくの趣味は
① アマチュア無線(CW、移動運用、無線機器の製作)
② 楽器を楽しむこと(アコースティックギター、エレキギター、ピアノ、ウクレレ)
③ DIY(帆船模型、蒸気機関車、鉄道模型、ミニチュアハウス、部屋の改造)
④ アクアリウム(水草、熱帯魚)
⑤ 絵を描くこと(色えんぴつ画、ガラスペン画、水彩スケッチ)
⑥ カメラ(カメラ操作、写真撮影)
⑦ アウトドア(キャンプ、低山ハイク、移動運用)
など多くのものがある。いやそれどころか、これからも新しいことに挑戦してみたいとも思っている。
これら全てのことをしようと思うと、時間がいくらあっても足りない。だからこそ今自分は何をすべきか、ということをちゃんと考えることから始めようと思った。
とりあえずFT8は今日でしばらく運用をやめ、CWのみにすることにした。結果的にCWはワッチするけどアクティビティは落ちるだろうがそれでいい。
そのかわり、これまでできなかったことに、時間を大切に使っていこうと思う。そして自分が少しでも成長していけるように、大切な時間を使っていこう。
定年後は時間はたっぷりあるから、自由に好きなことをやっていればいい、そう思っていた。ところが知らないうちに、その大切な時間を入れている袋の底がほころび、その穴からポロポロと時間がこぼれ落ちていた。それに気がつかないでいたのだ。
定年してから約半年たった今、そのことに気がついてハッとしたのである。時間は決して蛇口をひねれば出てくる水のようなものではない。だれもが同じく限られた大切な時間なのであると……。
まあ、それでもココロはいつもヨシタケシンスケさんみたいに、ゆる〜く生きていきたいと思っちょります。
あなたの毎日がオモロイ記念日になりますように! もっとみたい人はこちらでどうぞ!