鳥羽旅行を楽しんできた

JTDXとWSJT-X どちらが使いやすいのか

VN-4002の収納ケース

FT-817 復活作戦・腰は痛いが実験もしたい

サーバー移行奮闘記 その後

3台の小型トランシーバの比較をしてみた

no image

イスラエルの局と交信

今日の1枚

おお、もう桜が咲いていた!

かみさんの実家に行ってきた 涙の一日

原因不明の暴走 ???

退化していくApple

no image

自宅内移動運用だと?

ぼくが持っている9個のCWパドルの話

ノートパソコンにFT8のセットアップ完了!

なんとかここまで来たよ

アウトドアライフと避難生活 Vol.2

「謎の不調」が解決した

夏は花火だ

FT-817 復活作戦・結局アンテナは三脚を使うことに...

待ちに待ったメイトン嬢がやってきた!

爪が割れてしまった(T_T)

CW Skimmer + CTESTWINのテストをし...

たったの2.5Wで9,554Kmも飛んだ!

4月8日は「アクアリウム記念日」

ぼくのiPhone

やっぱりCWは楽しい♪

前照灯の取付け完了!

お空のコンディションが上がってきた♪

Zショーティー・ジオラマ作り(3日目)

5ヶ月待った リニアアンプキットが やっと届いた

no image

バーレーンってどこだっけ?

無線室のリニューアル完了!

初めてのアクアリウム日記(その6)エビちゃん登場!

ジュピター号の動輪を塗装した

お花畑のジオラマをつくろう

我が家にフェンダーがやってきた

ヤード作りが終わった

いざ次のステップへ

KX2でCWSkimmerを試してみた

クリップでCWパドルを作ってみた

焚き火 そして CW移動運用

全国大陶器市に行ってきた(豊田スタジアム)

この5年で趣味部屋がどう変わったか。

アマチュア無線免許「有効期限切れ」について

ぼくの日課

がんばった人には九平次を

人生は「Windy & Warm」

最後の最後は 諦めが肝心?

32ビットを64ビットに変えてみた

レウアウト画で迷路

「Prusa i3 MK3S」の組立て(大ピンチの2日...

台風対策

春よ来い!

鉄道模型は実験を楽しみながら

ぼくの電波は北米へ9,716.1 km飛んだ

今度はウィンドウズが壊れちまった

ベガリ社に発注完了!

未だ、ぼくの春は到来せず

AX1のSWRを調整する(その2)

ジュピターはぼくを元気にしてくれる

CQ誌とHAMworldで来年の楽しみは見つかるのか

3年後に〇〇〇を弾けるようになろう

秋のデンパークに行ってきた

キプロスと交信できた

「練習する」ことの意味

ケニアの無線局と交信できた

複数の無線機・アンテナ・パドルを使うのは何故だ

移動運用でFT8もやってみるかい?

FT817でFLdigiを試してみた

久しぶりの移動運用?

8J1RLのQSLカードが届いた、昭和基地のことをもっ...

国境

ジュピター号の次はサイモンズ コーヒーだぞ

新しいストラップが届いた

さあ、いよいよ次の曲へ!

セットアップでエラーの連続だぜ (-_-;)

ぼくがブログを書く理由

妄想がこうなった。そして……。

“ If you can dream it, you ...

ニュース番組は観ない

やっぱりCWの方が楽しいな

「セウタ」ってどこ?

Win4K3 Suiteをノートパソコンにセットアップ...

今日から「Beautiful Love」の練習を始めた...

1枚目の基板がほぼ完成

南極昭和基地 8J1RL と交信できた!

アパマンハムのFT8運用動画をアップした

no image

カメラを持ってデンパークへ!

「腑に落ちる」までノイズ対策を続けたい

さあ、外にでかけよう!

ようこそ、高音質の世界へ!

いざという時のため「備えよ常に」

初めての鉄道ジオラマ作り(その18)

強制ギブス法だと?

がんばるな 自分

シャックのリニューアルで快適だ♪

滋賀の旅@雨男

暮らしの中にCWを

日記・コラム・つぶやき

「定年後」について

仕事を退職して1ヶ月ほどたった。今日はぼくの定年後のことを書いてみよう。「定年」「引退」「老後」「隠居」「リタイア」「第二の人生」、呼び方はいろいろあるけど、なんだかどれも侘しさを感じる言葉だよねえ。

定年後のライフプラン

ここに「定年後」という本がある。いつ買ったかのは覚えていないが、この本のプロローグに定年後のライフプランの多くはこんな内容だという。

その内容は次の4点だ。
① 老後の資産管理
② 配偶者との良好な関係
③ 体調、健康について
④ 趣味を持て

そして著者は実際は簡単ではないし、定年時点から心機一転、新たにスタートというわけにはいかない。40年近く組織で働いてきた人間なのである…という。

さらにはこの本には数々のデータや現実の事例が書かれていて、読めば読むほど気持ちが暗くなるし、参考にならないので読むのをやめた。

ちなみにぼくの場合は、今のところお陰さまでこれらの心配はないから感謝しないといけないが、これがずっと続くという保証はない。現実は本当に厳しいものなんだろうと想像できる。

みんな居場所がない

最近になって、運動不足解消のため週に2、3回かみさんと散歩をしている。ただ歩くだけよりせっかくなら目的地を決めて歩くことにしている。

昨日(金曜日)の散歩の目的地はシビックセンターの中にある図書室だった。中に入ると高齢者、とくに男性がたくさんいて新聞を読んだり、本を読んだりしていた。行くところがないのでここで過ごしているのだろうか。

そして館内にある広いカフェは平日の11時過ぎで、遅いモーニングなのか早いランチなのか、年寄りの男女で50ほどある席がほぼ満席、その光景に正直驚いたが、ここに来るのが楽しみなんだろうね。

今日は本屋に行くと、多くの高齢者が店内の椅子に座って本を読んでいた。みんな居場所がないのだろうか、これが現実なのかと思うとなんだか複雑な気持ちになる。

いくらぼくがそれじゃだめだろうと思っても、これが現実なんだよね。みんな自分の家ではない他の居場所を求めているんだよ。

今日は買ってきた「定年ゴジラ」を読み始めた。
開発から30年、年老いたニュータウンで迎えた定年。途方に暮れる山崎さんに散歩仲間ができた。……まだストーリーは始まったばかりだけど、この4人の定年ゴジラの背中が何を語っているのだろうか。。。

本屋の新書コーナーには「定年」とか「人生の下山」とか「いい人生の最期」「終活」など、こういうタイトルのハウツー本がとても多くなった。それだけ多くの人の関心が高まっている時代なんだろうね。

ぼくもこれらの本を読むことがあるけど、そういうこともあるんだね、くらいにしか思わない。殆ど参考にはならないなと思う。

正直言って、最終的には自分で自分の人生を切り開いていく。自分の考えで人生を生きていく。そうしないといけないと思うんだよね。

そんなことわかってますよ。でもそれができないんです。これも現実なんだろうなと思う。。。これじゃきりがないよね。

ぼくの定年後の暮らし

さて前置きが長くなったけど、定年後一ヶ月の暮らしでどうなったのか、今日はそのことを書いてみようと思う。

一番変わったことは何かといえば、やっぱり「時間がたっぷりできたこと」だ。1日は24時間、そのうちの仕事の時間がなくなったので、毎日の自由時間が8時間から16時間に増えた。まあ、しいて言えば変わったのはこれくらいだろうか。

だからと言ってテレビの前でボーッと過ごすなんてことはない。居場所がないということもない。もちろん定年だからと言って始めようと思った趣味はなく、以前から楽しんでいることをやっているだけだ。つまり定年後は特に変わっていないってこと。

アマチュア無線、移動運用、ピアノとギターの練習、JAZZを聴きながらの読書、NHKオンデマンドや映画の鑑賞、アクアリウム、パン作り、そして散歩、キャンプ、他にも今年は写真撮影も色えんぴつ画も再開しようと思うし、低山ハイクや料理もしたい。

そして、これまでのように、新しいことを学び始めたり、新しいことにチャレンジしたり、旅行や美術館・博物館巡りなど、幅広くいろんなことをしていこうと思っている。

「定年」で人生が変わるということはない

とにかく「定年後」だからと言って、人生が新しく変わるということはない。暮らしが変わるというのは「人生が変わる」ということでもなんでもない。

ましてや「第二の人生」そんなものはない。人生はたった一つだけのものぢゃないか。これまでやってきたことの積み重ねで、その先にやることがみえてくる。そして生活の時間配分に余裕ができる、そういうことだと思う。

だから何も特別なことではなく、これまでのように、自分が思うように人生を楽しんでいけばいい。「今までしっかり働いたから、これからたっぷり時間をあげよう」……神さまがそう言ってぼくにご褒美をくれるんだと思っている。

自分という人間はたった一つであり、人生も一つであり、どう生きるかも変わらない。というか、この年になるまでに、それを形成できていないといけないのだと思う。

自分はどう生きるのか

どういうことかというと、自分はどう生きるのか、なんのために生きるのか、なんのために仕事をするのか、その哲学を自分の中に持つことだと思う。

ぼくの場合は「人生は自分を進歩させるためにある」→ 「進歩すると楽しい」→ 「仕事も趣味も進歩すると楽しい」、それが根本にある。(ぼくの信条

会社にいるときは「会社をどう進歩させようか」といろんなことを考え実行することで、毎日楽しくて仕方がなかった。

それは趣味でもまったく同じだ。だから仕事をやめたとしても、根本にあるものは変わっていないので、人生が変わることはない。そういうことなんだね。

もし人生がこの定年をきっかけに変わると思うなら「今までの自分はなんだったのか?」「今まで何をしていたのか?」ということになってしまう。

若い人たちへ

若い人たちに伝えたいことがあるなら「自分の人生をどう生きるかを、若いうちに学び、体験し、それを若いうちから築き上げる努力をすること」だろうと思う。

定年後になったら新しい人生(生き方)を始めようと思っているなら、たぶんそれはできないと言っていることと同じだ。

若いうちに人生を通してやりたいことを始める。人生をどう生きるか、なんのため生きるのかを考える。そういうことじゃないかなあ。

偉そうなことを言ってしまったけど、だからと言って、ぼくがこれらをちゃんとできているなんてことは全くない。ぼくもまだまだ未熟者だと思っている。

それに、そういうことをしたくてもできない人もたくさんいる。そのこともちゃんと知っている。だからと言って現状維持ではあかんと思う。

それでもぼくは、毎日少しでもいいから、自分を進歩させるために生きていこう、それをいつも頭において前に進んでいきたい。そう思っているんだね。

 

-, 日記・コラム・つぶやき
-