一切なりゆき でいいじゃないか

昨日、以前買った「あした死ぬかもよ?」を読み始めた。実は買ったときは中は見てない。タイトルがただ面白かっただけで買った。ぼくはこういう買い物が多い。だから読破率は低い。笑

副題が「人生最後の日に笑って死ねる 27の質問」とある。そして、読んでいくと、いろんな質問が出てくる。ようするに質問を与えることで、今一度深く考えてもらおう、ということなんだろうと思う。

例えば、
しつもん1:あと何回桜をみられるだろう?
…とあって、この後に解説が続く。

しつもん2:どんな制限を自分にかけているだろうか?
…とあって、この後に解説が続く。

そして、さらに「あなたが死ぬ前に、後悔しそうなことはなんだろう?」「それは、どんな制限を自分にかけていたからだろうか?」ということを実際にこの本の空欄に書き出してみよう。

しつもん3:あなたが両親を選んで生まれてきたのだとしたら、その理由はなんだろう?
…とあって、この後に解説が続く。そして、先ほどのように、空欄に書き出してみよう。……とこの先も続いていく。

もちろん、ここまではちゃんと読んだ。けれど、質問に対して書き出すことはしなかった。そして、この本を閉じて、本棚にしまった。これ以上読む気はない。ただ誤解をしないで欲しい。この本がダメだと言っているんじゃない。あくまでもぼくがそう感じただけのことだ。

なんか違うなあ

ぼくは以前のブログでも「メメント・モリ」という言葉で、人生は1回きりだということを書いたことがある。だからと言って、この本のように、いろんな質問に対して深く考えて、答えを出すというようなものではないと思っている。

そうではなくて、自分の生きた体験を通して、それがとても大切なんだ、とわかることだと思っている。ぼくも経験しているけれど、一歩まちがえたら死んでたかもしれない、という経験を持っている人は、比較的自分のこととして、実感できるかもしれない。毎日を大切に生きなくちゃねと。そのくらいのことでちょうどいいと思う。

「人生は一回きりだよ。明日死ぬかもよ」「じゃ、今のままじゃだめだろ? このままだと、後悔することになるぞ」っていうメソッドってさ。ヘタしたら、脅し文句になりかねないくらい強烈な言葉じゃないかと思う。そもそも「後悔」するってのは「欲」が強すぎるからじゃないの? 求めすぎるからじゃないの? って思う。もっと言えば「何かをしようと思ってはいけない」くらいの気持ちになれたらなと思う。

だから大切なことは「メメント・モリ」ということをキーワードとして、心の片隅に持っている程度でいいんだと思っている。

この本を読んだあと(というか実際は読んでないけど)、偶然にもこんなことがあった。
毎朝、通勤途中「武田鉄矢の三枚おろし」を聴いているけど、今日の話の中で、こんなことを言っていた。

人生は1回こっきりだから、やりたいことをやっとかないと後悔するよ?という。
「だからとにかくやりたいことはやって、後悔を残すな!」という。

(中略)

「人生1回きりだから」っていう人よりも
「死後も何かあるのかもしんないよ?」っていう人のほうが、
ハッキリ申しまして、表情が穏やかなんですよ。

「1回きり」って断言する人って、張り詰めておられるし、
目の表情が厳しいんですよー。
ということは「人間、死後も何かある」とか「生まれ変わる」とか。
そんなふうに思ったほうが死んでいく時も穏やかであると。

いや〜、なんか、ぼくと同じだなあと思った。なんか嬉しかった。確かに「人生は1回限り」かもしれないよ。でも、そのことをあまり意識しすぎていると、なんだか息苦しくなってくるんだよね。

ぼくみたいに年をとってくると、当然ながら後何年生きれるんだろうかとか、思うに決まっている。でもさ、コップに残った水の話のように、そんなことばかりを意識して生きていたら、おかしくなっちゃうよ。だから、この本のように、27の質問に対して真剣に考えて、それでどうなるの?って思ってしまうのだ。

樹木希林の言葉「一切なりゆき」でいいじゃないか。すべてを受け入れるだけのことでいいじゃないか。そう思ったほうが、穏やかでいいじゃないか。そんなに悔いなくいきなくてもいいじゃないか。欲ばらなくてもいいじゃないか。がんばらなくてもいいじゃないか。

ぼくはそう思ってこの本を閉じたけど、それを改めて自分が確認できたということで、この本の価値があったのかもしれないな。

 

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