日記・コラム・つぶやき

2冊の本と2つの言葉

2016年1月4日

初詣

龍城神社へ初詣

冬休み最後の日なので、岡崎城にある龍城神社に初詣に行ってきた。公園内の広場でホップサーカスが開催されているので、隣接の駐車場はいっぱいだろうと思ったのだが、予想外にガラガラだった。

そして龍城神社境内も人が少なくて、ゆっくりお参りをすることができた。おみくじを引いて、お守りを買ってこれで1年の始まりの行事を無事にすますことができた。おみくじは「中吉」だった。この休みの間はずっと晴天に恵まれとても穏やかだったね。こんな穏やかな年であればいいなと思う。

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尊敬する先生たちの2冊の本

このお休みの間は、久しぶりにゆっくり読書をすることができた。ぼくは本を読むのが好きなのだが、このところずっと長い間、本を読む意欲というか、気持ちの余裕がまったくなかったのだ。でも最近になって、だんだん本を読みたいという気持ちがよみがえってきた。これはとてもよい兆候だ。

休みの間に読んだのが、この内田樹先生の「困難な成熟」と田坂広志先生の「人生で起こること すべて良きこと」の2冊の本だ。

この二人はぼくの人生の指導者として、ずっと以前から尊敬している先生だ。タイプはまったく違うが、この二人のおかげで、どれだけ困った時によき助言をしてもらえたことか、本当に感謝している。

内田先生はどんな難しい問題も、独特というか、他にこういう切り口で物事を考える人はいないだろうと思う。とにかくズバッと明快に行き先を示してくれる。

田坂先生は一つの事柄の、深い思慮からさらに深いところまで導き、そこから一つひとつ論理的に納得がいくような形で行き先を示してくれる。

この2冊もぼくのこれからの生き方を示してくれたとてもよい本だった。そして不思議なことに二人がある共通のことを書いていた。

メメント・モリ

それは
内田先生の
・「私は明日死ぬかもしれない」ということをいつも念頭において暮らしなさい

と田坂先生の
・なぜ、「今日が最後の一日」と思い定めると、才能が開花するのか
だ。

二人とも「メメント・モリ」というラテン語「死を想え、死を忘れるな」という死生観を持つことで、内田先生は「生きている時間の質が高まる」、田坂先生は「才能が開花する」と言っている。

この二人が書いていることは、初めて聞く言葉ではない。人生は一回限りだ。生きている時間を無駄にするな。そういうことは誰もが分かっているのだ。

でも大切なのはそれを表面的ではなく、心の底の奥深くで、どうしてなのかが分からないと、上辺で聞き流して忘れてしまうということだ。

ぼくも経験しているけれど、一歩まちがえたら死んでたかもしれない、という経験を持っている人は、比較的自分のこととして実感できるかもしれない。それでもその気持ちを常に持ち続けるのは簡単ではないのだ。

二人の先生はそれぞれの想いを込めて、分かりやすく伝えてくれた。それはどういうことだったのか、あえてここでは書かないが、肝心なのはそれぞれの人が、どう解釈してどう心に刻んだのかなのだからね。

「今日が最後の一日、ぼくは明日死ぬかもしれない」
「人生で起こること すべて良きこと」

この2つの言葉を胸の奥深くに刻み、毎日を大切に生きて行こうと思った。

2016年がよき1年でありますように。

P.S.
夜になって映画「不思議な岬の物語」を観た。「今日が最後の一日、ぼくは明日死ぬかもしれない」を意識してみたので、映画の質がよりいっそう高まったように感じた。こういうことかなと思う。

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